iPadで呼吸の動きをどこまで正確に測れるのか?
〜東京科学大学の研究で、BREVIの計測誤差が1mm未満であることを確認〜
呼吸は、肺に空気を取り込むだけでなく、姿勢の維持や体幹の安定性にも深く関わっています。そのため、呼吸に伴って胸やお腹がどのように動いているのかを把握することは、医療やリハビリテーション、運動指導などの現場で重要な意味を持ちます。
今回、東京科学大学の研究グループによって、iPad Proに搭載されたLiDARスキャナを利用する呼吸状態計測アプリ「BREVI」の計測精度が検証されました。その結果、検証したすべての条件において、胸部・腹部の動きの計測誤差が1mm未満であることが確認されました。
本記事では、この研究の背景や実験方法、得られた結果について解説します。
|呼吸の動きを「正確に測る」ことの重要性
私たちは普段、無意識のうちに呼吸を繰り返しています。しかし、その際に胸部と腹部がどの程度動いているのか、両者がどのようなタイミングで動いているのかを、自分自身で正確に把握することは容易ではありません。
呼吸には横隔膜や肋間筋をはじめとしたさまざまな筋肉が関与しており、これらの筋肉は姿勢制御や体幹の安定性とも関連しています。そのため、胸部・腹部の動きを客観的に評価することは、呼吸状態の理解だけでなく、身体機能との関連性を調べるうえでも重要と考えられています。
|従来の呼吸評価における課題
これまで、呼吸に伴う身体の動きを評価する方法として、主に以下のような手法が用いられてきました。
目視・徒手による評価
手軽に実施できる一方、評価者の経験や技術によって結果が異なる可能性があります
メジャーによる胸郭拡張差の測定
胸郭の動きの大きさを数値化できますが、呼吸中の連続的な動きを詳細に捉えることは困難です
モーションキャプチャによる計測
身体の動きを三次元的に定量評価できますが、専用機器やマーカーの装着が必要となり、日常的な臨床現場での使用には制約があります
このように、呼吸運動を簡便かつ客観的に評価する手段には、依然として課題が残されています。
|iPad ProのLiDAR技術を利用した呼吸評価
こうした課題に対して、近年注目されているのがLiDAR(Light Detection and Ranging)という技術です。LiDARは、光を利用して対象物までの距離や三次元的な形状を計測する技術で、一部のiPad ProやiPhoneにも搭載されています。
株式会社Vitalizarが開発した「BREVI」は、このLiDAR技術を活用し、呼吸に伴う胸部・腹部の動きを非接触で計測・可視化するアプリです。身体にマーカーやセンサーを装着することなく、胸部と腹部それぞれの動きをミリメートル単位で計測し、波形や数値として確認することができます。

|BREVIはどのように呼吸を測定しているのか?
BREVIでは、iPadの画像認識機能によって身体の特徴点を検出し、胸部と腹部の計測領域を自動的に設定します。そのうえで、LiDARスキャナから取得した三次元データをもとに、各領域が呼吸に伴ってどのように動いたかを計測しています。

これにより、従来は目視や手の感覚に頼ることが多かった呼吸運動を、数値と波形によって客観的に捉えることを目指しています。
ただし、その計測結果を評価に活用するためには、実際の動きに対してどの程度の誤差が生じるのかを明らかにする必要があります。そこで今回、東京科学大学の研究グループによってBREVIの計測精度を検証する実験が行われました。
|BREVIの計測精度を検証(呼吸の動きを再現する装置を使った実験)
本研究では、人間の胸部・腹部の呼吸運動を模擬する「呼吸運動ファントム」という装置を使用しました。この装置は、モーターによって平板を一定のリズムで前後に動かし、呼吸に伴う身体表面の動きを再現するものです。
実験では、呼吸数と動きの大きさをそれぞれ3段階に設定し、合計9条件で計測しました。

実験条件
| 項目 | 設定 |
|---|---|
| 呼吸数(3段階) | 5・10・15回/分 |
| 動きの大きさ(3段階) | 10・20・30mm(最大値と最小値の差) |
| 計測部位 | 胸部・腹部 |
| 計測時間 | 1回60秒 |
| 計測回数 | 各条件5回 |
|高精度なモーションキャプチャとの比較

計測精度を検証するため、BREVIと光学式モーションキャプチャを使って同じ動きを同時に計測しました。モーションキャプチャは、対象物に取り付けた反射マーカーの位置を追跡することで、その動きを三次元的に測定する装置です。
今回はモーションキャプチャの計測結果を基準とし、BREVIの結果と比較することで、どの程度の誤差が生じるかを調べました。また、計測精度の評価には、平均絶対誤差(MAE)、二乗平均平方根誤差(RMSE)、信号対雑音比(S/N比)などの指標が用いられました。
|研究結果:胸部・腹部ともに計測誤差は1mm未満
今回の研究では、検証したすべての条件において、BREVIの計測誤差が1mm未満に収まることが確認されました。特に、誤差の大きさを評価する指標であるRMSE(二乗平均平方根誤差)は、胸部・腹部ともに小さな値を示しました。
胸部と腹部の計測誤差
| 評価項目 | 胸部 | 腹部 |
|---|---|---|
| 平均絶対誤差(MAE) | 0.39〜0.69mm | 0.33〜0.79mm |
| 二乗平均平方根誤差(RMSE) | 0.47〜0.88mm | 0.42〜0.95mm |
| RMSEの全条件平均 | 0.59mm | 0.62mm |
※RMSEは計測値と基準値の差を評価する指標で、値が小さいほど誤差が小さいことを意味します
今回の実験では、呼吸数が多く、動きが大きい条件ほど誤差が増加する傾向が見られました。しかし、最も誤差が大きかった条件でも、胸部・腹部ともにRMSEは1mm未満でした。
これは、一定の条件下で再現された呼吸運動に対して、BREVIが小さな誤差で胸部・腹部の動きを計測できたことを示しています。
|呼吸の動きの大きさについても比較
さらに研究では、呼吸1回ごとの動きの大きさについても、BREVIとモーションキャプチャの計測結果が比較されました。
呼吸周期ごとの最大値と最小値の差を求め、その平均を比較したところ、両者の差は胸部で0.00〜1.03mm、腹部で−0.52〜0.95mmでした。
この結果は、BREVIが呼吸中の動きを連続的に捉えるだけでなく、その動きの大きさを定量評価するうえでも有用である可能性を示しています。
|今回の研究から見えてきたこと
今回の研究によって、iPad Proに搭載されたLiDARスキャナを用いることで、胸部・腹部の呼吸運動を小さな誤差で計測できる可能性が示されました。
この結果の意義は、特殊な大型装置ではなく、比較的身近なタブレット端末を活用した計測方法で得られたという点にあります。これまで、呼吸に伴う身体の細かな動きを客観的に評価するためには、専門的な計測装置を必要とする場合がありました。
一方、BREVIのような非接触計測技術を活用することで、より多くの医療・ヘルスケアの現場で、呼吸運動を数値として評価できる可能性があります。
ただし、今回の研究は一定のリズムで動く装置を用いた実験であり、実際の人体での実験ではない点に注意は必要です。
|BREVIによる呼吸の「見える化」が広げる可能性
呼吸を評価するうえで重要なのは、呼吸数だけではありません。
胸部と腹部がそれぞれどの程度動いているか、どのようなタイミングで動いているかといった情報も、呼吸状態を理解する手がかりになります。
こうした動きを客観的に捉えられるようになることで、医療やリハビリテーション、運動指導などの現場では、従来の目視・徒手評価に加えた新たな評価方法としての活用が考えられます。また、計測結果を波形や数値として共有できれば、利用者自身が呼吸の特徴や変化を理解するきっかけにもなるでしょう。
Vitalizarの呼吸状態計測アプリ「BREVI」は、こうした呼吸の可視化を通じて、専門家による評価や指導を支援することを目指しています。
今回の研究は、その基盤となる「呼吸の動きをどの程度正確に計測できるのか」という技術的な問いに対し、客観的なデータを示した研究といえます。
呼吸という身近でありながら捉えにくい身体の動きを、より簡便に、より客観的に評価する。その実現に向けた一つの成果として、今後の研究や臨床応用への展開が期待されます。
呼吸評価の導入や、医療・ヘルスケア事業でBREVIの活用をご検討の方は、お気軽にお問い合わせください。
参考文献
- Noyori S, Nimura A. Accuracy Evaluation of an iPad Light Detection and Ranging-based Breathing Motion Measurement System Using a Breathing Motion Phantom. Jxiv preprint. 2026. doi:10.51094/jxiv.6569.
※記事中の画像は上記論文より引用
研究ハイライト
研究ハイライトでは、呼吸に関する研究や、呼吸可視化アプリ「BREVI」に関連する研究成果を取り上げ、その背景や方法、得られた結果をわかりやすく紹介しています。詳細や重要な情報については、記事内に掲載している論文もあわせてご確認ください。
